第13回定期演奏会

 

創立15周年記念演奏会

 

1995年2月11日(土)4:30PM 開演

 

簡易保険ホール「ゆうぽーと」

 

I. 男声合唱のための「子供の四季」

 

  福永陽一郎 編曲

 

  指揮 牛尾孝

 

  ピアノ 廣瀬康

 

  かぞえうた・吹雪の晩・冬の夜

 

  おぼろ月夜・茶つみ・夏は来ぬ

 

  村祭・里の秋

 

II. Sea Shanties

 

  Alice Parker & Robert Shaw 編曲

 

  指揮 牛尾孝

 

  ピアノ 廣瀬康

 

  Swansea Town・Good-Bye, Fare Ye Well

 

  Spanish Ladies・Lowlands・Shenandoah

 

  What Shall We Do with the Drunden Sailor

 

III. Reynaldo Hahnによる「恍惚のとき」

 

  Paul Verlaine他 作詩 Reynaldo Hahn 作曲

 

  北村協一 編曲

 

  客演指揮 畑中良輔

 

  ピアノ 谷池重紬子

 

  L'Heure cxquise・Mai・D'une Prison

 

  Paysage・Si mes vers avaient des ailes

 

IV. 男声合唱組曲「月に寄せる歌」

 

 (創立15周年記念委嘱作品・初演)

 

  北原白秋 作詩 多田武彦 作曲

 

  客演指揮 北村協一


「月に寄せる歌」解説

 

この組曲はメンネルコール広友会の委嘱を受けて、多田武彦先生が1993年9月9日に

完成なさった作品である。

私たちは多田先生の手書きの楽譜の複製によって練習を積み、直接の御指導を受ける機

会にも恵まれた。さらに客演指揮者に北村先生をお招きし、初演のステージを迎え得た

ことに、私たちは合唱音楽に加わってきた者としての幸福を感じている。

 

 北原白秋(1885~1942)の詩を多田先生がテキストとなさった組曲は、

処女作『柳河風俗詩』にはじまり、この『月に寄せる歌』が9作めとなる。

白秋の詩の言葉の中にはすでに音楽がふくまれている、と多田先生はおっしゃる。

白秋は、とくに山田耕作とのコンビによる数多くの歌曲の名作を残しているが、

日本語の響きの美しさにきわめて鋭い感受性を持っていた詩人と言えるだろう。

 

 誇張していえば、白秋という詩人は二人存在した。詩集『思ひ出』における廃れ行く故郷

と甘い幼年時代へのノスタルジアや、詩集『雪と花火』における新都市東京の頽廃や

恋愛模様の描き手、若き耽美派の詩人が一人めの白秋。そして、27歳のとき人妻との恋愛の

あげく告訴されて2週間拘置所に入れられ、貧窮のなかスキャンダルから逃避しつづけて

から以後の、短歌作者としてもすぐれた作品を残した、人生観照の詩人が二人めの白秋。

前者は青春の白秋であり、後者は青春に背を向けた白秋である。

 

「白秋」の号は中学時代に文学仲間の中でくじ引きで決めたといわれるが、後年の彼を思え

ば暗示的である。だが、二人の白秋は、俗謡に近い口調の良さと、まるで子供のような

純朴な心を具えている点で通底している。そのことは『赤い鳥』の童謡運動に

彼をさそいこむことにもなった。

 

 『月に寄せる歌』の7篇の詩は、いずれも二人めの北原白秋の作品である。

 

①「新月」1913年冬、上述のスキャンダルの原因となった最初の妻・俊子とともに

   三浦三崎の近くの見桃寺に身を寄せていた時の作。世過ぎのために暗い海に出てゆく

   漁師の舟に、自らの心境を寄せている。それをみちびく「金無垢のほそき月」。

  『畑の祭』所収。

 

②「影」1927年の作。明るい月夜の白秋の魂は、風とともに波とともに渡り鳥とともに、

  天地大空のうちを自由に駆け回る。その想像世界の中心に「金の亀」。

  相模灘沿岸には正覚坊とあだ名されるウミガメが浜に上る。

  かつての小田原附近の海岸の体験をふまえた詩か。『海豹と雲』所収。

 

③「短日」1923年の作。白秋は長男・隆太郎を得て精神的な安定期を迎えていた。

  風邪の床から硝子越しに眺めて見つけた新月。夕暮れの空の色の変化が子供の頃の

  幻燈を、幼い日の遊び友達の女の子を思い出させる。

 「蛾眉」は細い月のことで、その子の面だちを形容している。『水墨集』所収。

 

④「月から見た地球」1926年、白秋の融通無礙の魂の飛翔をよく示している作。

  宇宙空間を飛び越えたというばかりではない。地球の誕生から地表の形成、

  人類の発生と、悠遠な時間を白秋の魂は一気に飛び越えている。

  そして「地球人が神を創った」という視点の大きさ。『海豹と雲』所収。

 

⑤「珠数工の夜」1926年夏、日暮里の谷中天王寺ちかくに住んだ頃の作。

  すぐそばに谷中の墓地が広がり、隣家は珠数の製造業者であった。

  当時天王寺には、露伴の小説で有名になった五重塔があった。

  天の月と、地の小家の中で夜更けまで磨られ続ける珠数の照応。『海豹と雲』所収。

 

⑥「童話の月」1923年夏、小田原附近の浜辺を1歳ちょっとの長男と散歩しての作

  であろう。海のかなたから、まあるい大きな月が昇った。

  白秋は幼子とともに月に向かって声をあげ、つられて犬も月に吠える。

  童心にかえった詩人の充足感が溢れている。『海豹と雲』所収。

 

⑦「月光の谿」1927年初秋、東京府下の馬込の住居での作。

  大森海岸の西側の起伏に富んだ高台、当時はまだ郊外の農村地帯だった。

  白秋の家のすぐそばにヒマラヤ杉が聳えていた。この詩においては「月こそ神よ」と、

  月を絶対的存在にたかめて描いている。『海豹と雲』所収。

 

  以上のように、7篇の詩はまとまって作られたものではないが、後期の白秋に特徴的な、

  人間を導くものとしての光明の礼賛の心をこめて、月を扱った作品群である。

  最晩年に視力を失ったことを思いあわせても、白秋にとっての「光」の意味は重い。